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志賀真理子と言えば、1986年2月25日デビュー曲の「フリージアの少年だろう・・・」バックのポスターはその3か月後の5月25日発売セカンドシングルの「青い涙」のものだが、この衣装はデビュー曲の「フリージアの少年」の方だ。天真爛漫な彼女をイメージさせる黄色の水玉模様のフレアースカートは、お星さまのようにとっても眩しく輝いていました・・・。

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アイドルっぽい衣装だからといって、歌の方は・・・というアイドルが多い中、志賀真理子の歌唱力も目を見張るものだった。アップテンポで慌ただしいアイドルのデビュー曲が多い中、志賀真理子の歌はスローテンポのバラード的な曲という歌唱力がもろに問われる楽曲で見事に歌い上げている。それでは、聞いてみましょう。



どうですか? 素晴らしいですね。将来、ビッグネームになる予感を感じませんか?

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ジャケットを見ると、なんとなく中森明菜を思い出してしまうのは何故だろうか・・・

そして、デビューから約2年後の1988年12月19日のステージ写真が次だ。
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新宿駅前で行っていたJORFミッドナイトクルージングの公開録音で、志賀真理子さんが岡本南さんと一緒にゲスト出演した時のものだ。

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それは、少女から大人の女性へと変貌を遂げていた時なのかもしれない。とはいえ、もうすこしで19歳になるという当時18歳。その歌唱力はさらに磨きこまれていました。

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この写真はなんとなく真鍋かをり風になっていますね。

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そして、この写真が撮られた約1年後の1989年11月23日にアメリカで友達と旅行中にフリーウェイで飛び出した動物を避けきれずに事故死してしまうというニュースを聞いた日には、
「・・・・・」
言葉が出ないというのはこういうことかと思った。だって、テレビに出ていたアイドルが急にいなくなるなんて、しかも事故死なんて、いや、そんなにこの頃はテレビに出ていなかったけど、「フリージアの少年」の衣装と曲は耳についていたし・・・。
だけど、ニュースで流れているのをみれば、それが現実だってわかる。
交通事故は毎日毎日世界中で起きているし、この事故だって、そのうちの1つに過ぎないのかもしれない。だけど、交通事故に遭わなければ、誰もがその後の人生を続けられているはずなのだ。
昨日まで何事もなく元気に過ごしていた人が突然亡くなる交通事故、それは、後3秒・・・いや1秒でも0.1秒でもずれていれば、避けられた事故だってあるはずだ。そのわずかな時間の軸が重なって起きる事故って、不運といえばいいのか、その人の運命だったのかと問われれば、運命はこの手で変えられればっていう想いの方が強い。
なんで、そこで動物が飛び出すかな・・・もうちょっと飛び出すタイミングがずれていれば、彼女はもうすぐ43歳の誕生日を迎えていたはずなのだ。しかも志賀真理子の誕生日は12月24日生まれのクリスマスイブ。

・・・こうして毎年、勤労感謝の日が来ると、彼女の命日を思い出し、もう今年も1か月ちょっとなんだ・・・・と思うのだ。そしてクリスマスイブは、彼女の誕生日だったな・・・と、世間の喧騒のクリスマスとは別世界で、彼女のことを思い出しながら過ごすイブなのだ。